考え方

丁寧な暮らしはうさんくさい?違和感を感じる理由やできる条件とは

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丁寧な暮らしというワードを耳にする機会が増えてきました。

しかし丁寧な暮らしをうさんくさく感じるアンチ派が急増しています。

理由は、あまりに現実社会とかけ離れていて、そのほとんどは、無理をしていたり、意識の高さアピールなのではないかと感じるからです。

 

ただ、丁寧な暮らしとは、SNSで見るような、お洒落でこだわりの手作りのものだけなのでしょうか。

じつは本当の意味とずれ始めているように感じています。

 

丁寧な暮らしの違和感の理由や、本当の意味での丁寧な暮らしについて紹介していきます。

 

丁寧な暮らしはうさんくさい?


丁寧な暮らしをうさんくさいと思う理由としては、人の暮らしは目に見えにくく、確かめようのない秘められたものだからです。

丁寧な暮らしをしているかどうかは、その人しか、もしくはその同居人しか知りえません。

 

また、丁寧な暮らしとは、「実際はこのこと」と具体的に示したものではなく、ただぼんやりとある個人の意識的なものです。

なので確固たる証拠はないのが当たり前で、だからこそ、うさんくさく思うのでしょう。

 

あなたは丁寧な暮らしとはどのようなものを想像していますか?

【丁寧な暮らしの定義】

日々の生活をただこなすだけではなく、 手間と時間をかけて 日常生活に向き合うことで実現する暮らし

具体的に挙げてみます。

  • 手作りの品に囲まれる
  • 手間を惜しまない料理
  • 作り置き食材をたくさん冷蔵庫に保存
  • 添加物を取り除いた素材を重視した食品
  • 肌と地球に優しい生地を使用した衣類
  • ナチュラルな素材を使った掃除、洗濯
  • 味噌や漬物などの発酵食品を家で作る
  • 育てる、作る、共存する生活を目指す

 

こんなところでしょうか。

多くの人は、この丁寧な暮らしのレベルの高さに、

  • 本当に(自分で)やっているの?
  • SNSの写真だけ、それっぽく見せているんじゃないの?
  • こんなことする時間どこにあるの?
  • ビジネス丁寧な暮らしなのでは?

など、疑いの目は止まりません。

 

このような、うさんくささを抱いている人のほとんどは、SNSをかなりの頻度でチェックしているはずです。

投稿者が、わざわざ写真を撮り、発信しているからこそ、本当なのかと猜疑心を抱くでしょう。

 

さきほど、丁寧な暮らしをレベルが高いと書きました。

ただ、これは現代人だから感じることです。

 

かつては日本の家庭の多くは、男性が外で働き、女性は家で働いていました。

ほとんどの家庭は裕福とまではいかず、夫の持ち帰る給料の中で、手作りなどの工夫をしながら、あるもので生活をしていたのです。

現代のような、共働きで二馬力にし、生活を便利にする家電に助けられることもありませんでした。

そもそものライフスタイルが大きく変化しているのです。

 

都会で毎日やりがいを持って一生懸命生きている現代人が、ふとSNSを覗いたとき、丁寧な暮らしを送っている人をみて、うさんくさいと思うのは自然のことかもしれませんね。

あまりに自分の暮らしとギャップがあり、それを叶えるにはレベルが高すぎると感じたのでしょう。

 

丁寧な暮らしに感じる違和感やうざい理由

丁寧な暮らしに感じる違和感は、自分と照らし合わせたときに、不可能に思う生活だからです。

丁寧な暮らしをうざいと感じる理由は、内心の憧れから、真似をしてみたいけれど難しいからです。

 

丁寧な暮らしは、もともと発信力のある芸能人やその他著名人が、SNSや雑誌のインタビューなどで発言したことから、身近で聞くようになりました。

一般人は、そのような人に憧れを持ったり、目標としたりしています。

 

しかし自分の生活とはギャップがあったはずです。

そのため、芸能人だからとか、お金があるから、と理由が欲しくなりますよね。

 

もうひとつは現代人のライフスタイルとバックグラウンドによるものです。

 

現代人の多くのライフスタイル

以下のような状況で、日々仕事と家事と育児に追われているのが現実です。

  • 自炊する時間がない
  • 部屋を片付けたり花を生けたりして飾る余裕はない
  • 睡眠時間確保が必須
  • 片づけても片づけても子供が散らかす
  • お惣菜を多用
  • 時短レシピが神
  • ズボラ主婦の神アイテムに助かっている
  • 自分の自由な時間はない

 

現代人の多くのバックグラウンド

  • 両親は共働きで、家族みんなで協力し合って日々をこなす
  • 土日などの休みの日には部活の試合や習い事か、家族でのテーマパークへのお出かけ
  • お弁当じゃない日には喜ぶ母の姿
  • コンビニで軽食を済ませて塾に通う

 

子供の進学や社会人になってからの立派な旅立ちを応援するその生活が、これまでに多くの人が経験した家族のスタイルです。

 

しかし数年前から急に現れた新しい風「丁寧な暮らし」。

どこにそんな時間と余裕があるの?と自分と照らし合わせるからこそ、違和感を覚え、うざささえ感じるのです。

丁寧な暮らしをしていることが意識の高い人と見えるから、うざいのです。

 

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丁寧な暮らしによくある嘘

丁寧な暮らしによくある嘘はSNSで見かける「#丁寧な暮らし」ではないでしょうか。

丁寧な暮らしと称するその書き込みは、その時ばったりの、フォロワー集めだけの場合も多く感じます。

 

丁寧な暮らしは、個々により違うものです。

自分のために早起きをして、インスタントではないお気に入りのコーヒーを一杯淹れる。

これも丁寧な暮らしです。

 

丁寧な暮らしがお金持ちしかできないレベルの高いものとして崇拝されているようにさえ思う昨今。

これは嘘です。

 

本来はミニマリストや、倹約家と通ずるところのある位置づけのはず。

自分が作った時間を、自分のためになにをするのか。

それが丁寧な暮らしです。

 

丁寧な暮らしは貧乏でもできる?

丁寧な暮らしは貧乏にもできます。

いえ、もっといえばそれこそが本物の姿なのではないでしょうか。

 

必要以上に稼がず、生きるためのひとつひとつに時間をかける。

持たない贅沢こそが丁寧な暮らしです。

 

しかし人は、違う世界にも強い憧れがあります。

いい家に住み、いい車に乗り、流行りのブランドを身につけ、いい学校に行き、美味しいスイーツを食べ、旅行を楽しみ、自分磨きのコスメやサプリを買う。

 

持たない暮らしと、すべてを手に入れた暮らしは、共存するのは困難です。

 

ただ、現代は、裕福だろうが貧乏だろうが、恵まれた環境です。

どこのだれでも、生きる意識を変えることにより、丁寧な暮らしになることを忘れてはいけません。

 

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丁寧な暮らしをやめたという話も

丁寧な暮らしは、合う合わないがあります。

丁寧な暮らしをしたいという憧れとは別に、理想の丁寧な暮らし像のプレッシャーに脅えた生活に幸せはありません。

 

また、丁寧な暮らしは人に認めてもらうものではありません。

人にアピールするものでもありません。

人に強要するものでもありません。

 

必要最低限やらなければならない日常生活を少し視点を変えて楽しむものなのです。

流行りにのって少しかじっただけの嘘の投稿やゆがんだ考え方により、毛嫌いするアンチ派が増えていることは確かです。

 

すべては自分のために。

自分ができることを。

暮らしは自由であり、暮らしは心地よくあるべきですよね。

 

やってみたければやればいい。

やってみて合わなければ止めればいい。

ただそれに尽きますね。

 

まとめ

丁寧な暮らしはうさんくさく感じるものです。

それは、閉ざされた空間である、家の中の暮らしの一部を切り取り、その部分のみをSNSなどであまりにキラキラと発信されるからです。

そしてそれは、投稿の受け取り手のライフスタイルとバックグラウンドとは大きなギャップがあり、さらに違和感を高め、うざささえ抱き始めます。

 

しかし、丁寧な暮らしが正解で、丁寧な暮らしをできることが偉いのではないのです。

 

暮らしが「心地良い」ものであれば正解です。

 

それでもこの、丁寧な暮らしへの反響は、それだけ、いまの暮らしをなにか変えたい、と感じて生きている人の多さを知ることになりました。

自分自身を幸せにするためにもがくことは前向きな行動です。

みなさんが幸せな暮らしを送ってくださることを心より祈っています。